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9. β放射性同位体定量測定法としてのラジオルミノグラフィーの再評価

9.2 RLGで放射能を定量測定するためには

デビユー当初,鮮明なカラー画像が短時間で得られることからRLGはTLCやWBAの検出手段として大きな期待をもって迎えられたが,RLGを放射能の定量測定にまで発展させる風潮が研究者間に広がらず,今やRLGに対する情熱は冷めてしまっている.その所以として,BGを含めて感度の面均一性を試験し,不均一性が認められた場合には校正normalizeするという 2 次元放射能測定法としてのキーポイントが未解決のままであること,PSLを放射能のSI単位であるBq へ変換すること,測定値を統計的に扱うことなど,放射能の定量測定法として最も基礎的な事項が等閑にされたままであること,及びユーザー側バリデーション法が確立していないことなどが挙げられる.

 面均一性の校正
RLGが開発された頃,C-14平面線源をユーザーに回送し,各ユーザーがこの線源に露光したIPで観察されたPSLの変動を,縦(200 mm側)横(400 mm側)の中心線に沿って検討する調査が組織的に行われた.その結果,変動はいずれも±2%以下で問題ないと結論された.しかし,この調査法には大きな落し穴がある.BASにおいて,レーザースキャンは縦(main scan)方向と横(sub scan)の2方向に渡って行われる.この場合,両スキャンが互いに感度を強め合った領域(最高 +4%),互いに打ち消し合った領域(±0%)並びに弱め合った領域(最低 - 4%)の3つの領域が考えられ,その結果せいぜい±2%の変動が最高と最低では8%もの差が出ることになる.したがって,線スキャンしたデータだけで面均一性を論ずるのは間違った結論を引き出す恐れがある.これは決して誇張されたデータではないことを後述する.
感度面均一性には,IPとBAS双方の感度面均一性が関わっており,両者が重なった状態でしか観察されない.筆者らは,1枚のPm-147平面線源に露光した複数枚のIPを2台のBASで解析した.解析はIPの周辺部10 mmを除外し,684のエリア(10×10 mm)に分けて行った.便宜上,エリアには左上を1,下へ2,3,4・・・18,折り返して上へ19,20,・・・684(右下)の番号をつけた.まず,1枚のIP(IP-1)について観察されたエリアごとのPSL値(PSLob/mm2)の分散を調べた.次に,他のIPを用いて,各エリアの PSLob/mm2の全エリアの平均値に対する比(感度比)を算出した.IP-1における各エリアのPSLob/mm2を,対応するエリアの感度比で校正し,校正されたPSL値(PSLnor/mm2)を算出した.実験結果を統計学的に処理した結果,PSLob/mm2における主要変動要因はBASにおけるPSL読取り過程にあること,各BASの感度には固有の方向変動性があること,IPの感度面均一性は高いこと等が明らかにされた.Pm-147平面線源を180度回転して露光しても同じ方向変動性が見られることから平面線源には問題ないことが確かめられた(1).
実験結果の一例をFig.1に示す.Pm-147平面線源に露光した4枚のIP,IP-1-4を作製した.AはIP-1におけるPSLob/mm2の分散である.PSLob/mm2に少数とはいえ,異常に高いエリアが存在することは2次元放射能測定法としては致命的な欠陥である.最高値と最低値には10 % 以上の差がある.Aに見られる1.52 % というRSDからは“均一性は十分に高い”ように錯覚しがちであるが,正規分散しないPSLob/mm2に標準偏差を適用することは間違いである.
Bは,IP-2-4における感度比の平均値を使い,エリアレベルでIP-1のPSLob/mm2を校正して得られたPSLnor/mm2の分散である.CはIP-3 1枚を用いエリアレベルで,Dはピクセルレベルで校正して求めたPSLnor/mm2の分散である.いずれの場合にも,感度における均一性は著しく改善される.また,PSLnor/mm2は正規分散するようになるので,検出限界を統計的に論ずることができるようになる.RSDが0.5% 前後であることは,RLGは精度の極めて高い2次元放射能測定法になることを示唆している.
PSLnor/mm2に見られるRSDの中身を考える.Pm-147 はC-14とほぼ同じエネルギーレベルのβ線を放射する.この解析条件下では,C-14β粒子1個は平均で0.020 PSL を与える.160 PSL/mm2 は,8000β/mm2 がIPの感光体層に入射していることを意味している.その統計変動は約0.1%である.Fig.1BのRSDがFig.1C,Dより0.1%小さいのは,3枚の Pm-147 照射IPを使って校正しているためにこの統計変動が小さくなったためと説明される.

 

Figure 1
Fig. 1 Variances of PSL/mm2 before and after normalization


校正作業に必要なのは,Pm-147(またはC-14)平面線源そのものではなく,この線源に露光されたIPであることを強調しておく.後者は,放射性物質ではないので,放射線障害防止法の規制を受けることなく輸送できる.3.ラジオルミノグラフィーによる放射能の定量測定 3.3 バックグラウンド値 で述べたように,カセット内のIPが受ける自然放射線によるPSLの24時間当たりの上昇は51.59±2.17 PSL/25 mm2で,しかもこの上昇は均一である.露光されたIPをカセットにおさめて宅配便で送ることはこの試験に対してなんの障害にもならないことは経験済みである.わが国に1か所照射施設を作り,β線を均一照射したIPを供給するようにすれば全国のBASを校正することができる.
BASの感度不均一性は周辺部において特に顕著である.RLGでは感度校正されたBASを使用するのが理想的である.次善の策として,周辺部数cmの使用は控えることと,日常使っている領域のPSLob/mmの分散についての情報をC-14テスト線源(後述)を使って把握していることをお勧めする.

 BGの問題
液シンではBG試料を含めて全ての試料が同じ条件下で計数処理される.これに対してRLGでは,周辺部にBG用に設定した領域(ROIbg)のPSLをPSLbgとし,PSLobから差し引いて当該ROIのnet PSLを求める方法がとられている.BGは,BASにおける感度不均一性の他に遮蔽強度の不均一性の影響も受ける.したがって,ROIbgの設定位置によってはnet PSLが負の値になることがしばしばある.特に,低レベルの放射能を定量するためには各ROIのBGを精確に評価する方法を確立しなければならない.

 BGの統計変動
まず,BGの統計変動について述べる.四囲を10 mmの真鍮角棒,上下を20 mm 真鍮板で組み立てた容器の中で重ねて72時間静置した5枚のIP(IP-1-5)のBGを解析した(2).

Fig. 2A は,IP-1で観察されたPSLob.bg/100 mm2の分散である. PSLob.bg/100 mm2は低値側に膨らんだ分散になっている.Fig. 2Bは,IP-2-4を用い,感度校正の手法に準じ,エリア1-5(左上)と680-684(右下)をROIbgとしてIP-1のPSLob.bg/100 mm2を校正して得られたPSLnor.bg/100 mm2の分散である.この場合, PSLnor.bg/100 mm2は典型的な正規分散になっている.このことは,PSLnor.bgを使えば検出限界を液シンの場合と同じように論ずることができることを意味している.平均値が低値になっているのは,より強く遮蔽されたエリアの値に校正したためである.317.5±5.9 PSLは,液シンに置き換えると,32±0.6cpmでBGを測定していることになる.これだけの精度を液シンで確保するためには 100 分計数が要求される.この解析条件下ではC-14β粒子は1 個当たり平均で0.020 PSLを与える.317.5±5.9 PSL/72hrs/100mm2は,C-14β粒子に換算すると,3.67±0.068 cpm/100mm2ということになる.3.67cpmは低バック液シンなみのBGである(Fig.5).RLGのBGのSDが液シンに比べて小さいことは,前述したように検出部の体積が桁違いに小さいことと露光時間が桁違いに長いことによると考えられる.

 

Figure 2

Fig. 2 Variances of PSLbg before (A) and after (B) normalization


  ROI自身のBGを評価できる重ね合せ法
低バック液シンでは,BGを低下させるために中心計数管をガード計数管で取り巻き,両計数管を同時に作動させた信号(高エネルギー自然放射線由来)をカットする,逆同時計数法が採用されている.筆者は, ROIのBGを直接評価できる,重ね合せ法を提案している.これは,低バック液シンにおける逆同時計数法に対応する.
今,測定試料に接しているIP(測定用IP,IPme)に何枚かのIP(BG用IP,IPbg)を重ねて露光した場合を考える.BG 放射線は IPbg 及び IPme に対して等価であるが, C-14β線の最大飛程(約 25 mg/cm2)は IP の厚みに対して充分小さいので,測定試料中に存在する C-14から放射されたβ線のIPbg に及ぼす影響は無視できる. 唯一の懸念は,C-14 β線から発生する制動放射線である. RLGで作成した吸収曲線で見られる制動放射線発生率は,GM計数管で作成した場合のそれよりも高いが(RLGは制動放射線に対する感度が相対的に高いためと説明される),それでも0.3 % 以下で,実際上は問題にならない(2).たとえ,わずかな影響があったとしてもそれは検量線の勾配の中に盛り込まれることになる.したがって,IPme におけるある ROI の PSLob から,IPbg で得られた当該 ROI の PSLbgを差し引けば,そのROIのnet PSLが直接求められる.この場合,IP の応答感度は一枚ごとに少しずつ異なるが,応答感度の差は,同一領域に設定した ROI の PSLbg から求めたcor. Fで補正できる.
こんな簡単な機構で個々のROI自身のBGが精確に求められるとは信じがたいことであるかも知れない.重ね合せ法が実際に成立することをBGの校正実験と同時に行った.Fig. 3は,エリア 321-420について,IP-1のPSLob.bg とIP-2-4のデータから求めたPSLcal.bgをプロットした図である.

 

Figure 3

Fig. 3 Fluctuation of PSLob.bg and PSLcal.bg


  この図において次の 3 点を強調しておく.
その第一は,PSLob.bg に明確な周期性が認められることである.エリア 36 n(nはゼロまたは正の整数)と 36 n + 1 に“深い谷”, 36 n + 18 と 36 n + 19 に“サドル”が現れる.前者は上辺部の,後者は下辺部の折り返し点に相当する.これらの点に相当するエリアを中心に PSLob.bgが極小値になるのは,BASのPSL読取り感度が低いand/orこれらのエリア付近がより強く遮蔽されていることを意味している.遮蔽強度から考えると,上辺部と下辺部は同等であるが,このように両辺に差が出るのは BAS の縦方向(主走査)の感度変動性によると考えられる.BAS による読取りを逆方向に行うと,深い谷とサドルはほぼ同じ深さの谷になる.
その第二は,PSLob.bg はエリア番号に従って大きく変動するが,PSLcal.bgはこの変動を忠実にフォローしている,換言すれば提案された方法はPSLbg の位置依存性を精確に校正していることである.
その第三は,ROIbg の PSLbgを固定値(図中,点線)として使用する従来法ではPSLbgを 1 エリア当たり平均して約 20 PSL も実際よりも低く(正味では高く)見積もることになるが,本法は偏りのない測定値を与える.C-14 を,ルミラー膜を介して 72 時間密着露光したときの PSL 値はおおよそ 1000 PSL/Bq である.したがって,約20 PSL の過小評価は1 エリア当たり正味で約 20 mBq 過大評価する結果となる.
重ね合せ法の精度を調べるためにPSLob.bg とPSLcal.bgの差(絶対値)を検討した.IPbg が 1,2,3,4 枚のときの両者の差は7.62,6.45,6.07,5.81 PSL で,IPbg の枚数を多くするにつれて小さくなるがゼロにはならない.これは,PSLbg 自身に統計変動があるためである.IPbg の枚数としては 3 枚で充分である.3枚のIPbgを使って重ね合せ法で評価すれば,100 mm2当り6 mBq(=0.36 dpm)の平均絶対誤差でBGを評価できるということである.
以上,説明を簡単にするためにエリア単位の校正について述べたが,重ね合せ法は不定形の場合にも適用できる.すなわち,IPmeと IPbg の画像(3枚の平均値,cor.F で校正して)を出し,前者のある ROI の PSL 値から後者の対応する ROI の PSL 値を差し引けば,直接 net PSL 値を描き出すことができるはずである.
PSLbgが有効に校正できることは,各エリアの BG area ratio は遮蔽容器と BASによって決まる固有の値であることを意味している.したがって,予め数枚の IP を用いて各エリアの BG area ratio を求めておけば,IPme における ROIbg の PSLbgとBG area ratio から任意のエリアのPSLcal.bgを算出できる(BG エリアレシオ法).この方法は,P-32 のような,重ね合せ法が適用できない硬β放射体やγ放射体に対しても有効に適用できるはずである.
従来のBG評価法と重ね合せ法との本質的な相異は,前者では別に設定したROIbgのPSLbgから任意のROIのPSLbgを推定しているが,後者ではそのエリアのPSLbgを直接評価していることである.従来法では低レベル領域の検量線がROIbgの位置によっては原点から大きく外れることがあるが,ここに提案された方法では検量線は常に原点の近傍を通る(Fig.5).

 自己吸収の補正
C-14のβ線はエネルギーが低いので自己吸収を強く受ける.Fs.abを考慮せずにRLGによる定量を行っている論文が多いが,これは,クエンチングを補正せずに液シンを使っているのと同じである.1枚のIPに露光された一連の試料においてEを変動させるのはFs.abだけである.自己吸収補正曲線の一例をFig.4に示す.参考までに,この図では60μmで作成したWBA切片における主要臓器のFs.abがプロットされている.詳細は3. ラジオルミノグラフィーによる放射能の定量測定で解説した.Fs.abの影響は液シンにおけるクエンチングのそれとほぼ同程度であることを念頭においておるべきである.H-3のβ線はC-14より更に低いので,実用的な自己吸収補正曲線は作成できない.したがって,この核種のRLGによる定量は諦めた方が賢明である.具体的なことについては9.4.測定試料の調製の項で解説する.

 

Figure 4

Fig.4  Correction curve for self absorption of C-14

 

 ユーザー側バリデーション
現在,すべての分析機器は,使用に先だってその機器が正常に作動していることを確認する試験(ユーザー側バリデーション)をすることになっているが,RLG はユーザー側のバリデーションが曖昧なまま使われている.このことが,RLG の信頼性を不確かなものにしている最大の要因である.出荷時または再調整時に保証された BAS及び IP の精度がいつまでも保持されていると考えるのは危険である.RLGのユーザー側バリデーションには,感度均一性試験とIPの汚染管理の2つがある.詳細は3. ラジオルミノグラフィーによる放射能の定量測定  3.5 ユーザー側のバリデーション に解説したので,ここでは概要だけを述べる.

 感度均一性試験
筆者らは,自家製のC-14テスト線源を使ってBAS 及び IP の面均一性を日常的に試験する方法を提案した(3).C-14テスト線源は次のように作成された. 180Bq高比放射能C-14溶液をポリプロピレン樹脂片にスポットし,風乾後薄膜でラップし,線源片を作った.各5個の線源片を,IPサイズのボール紙の縦,横の中心線上及び2本の対角線上に5個ずつ(合計17個)等間隔に配置した.このテスト線源を30分間露光した後,IPを180度回転して30分間露光(重復露光)し,BAS及びIPの感度均一性を試験する.重複露光によりより均一な照射が期待できる.

 IPの汚染管理
IPがRI汚染されていることを知らずに使用していると,falsely high PSL valueを与え続けることになる.ユーザーとしてはIPの汚染状況を把握し,必要ならば汚染の履歴を遡れるようにしなければならない.我々はIPの汚染管理法(4)を提案した.その骨子は,試験しているIP(IPex)をbrand-new IPと一緒に露光し,各IPexの5×5mmのPSLbgをbrand new IPで校正して,IPexのPSLnor.bg/25mm2の分散を調べ,電算機に記憶させておくことにある.各エリアは4桁の番号でコードする.前の2桁は上端からの,後の2桁は左端からの距離を示す.例えば,エリア2140 は上端から105mm,左端から200mmの距離にあるエリアを示す.BASによる解析時IPが微妙にずれるが,このずれはコード番号で2桁目and/or4桁目の数を1つだけ変えるだけである.したがって,汚染状況を過去に遡って容易に調べることができる.判定基準は各研究室独自に定めることであるが,4SD以上を汚染エリア,-3SDを疑汚染エリアとして監視を続けるなどはその一例であろう.
この方法でどのくらいの汚染が検出されるかが関心事である.富士フィルム社製のカセット内で24,72時間露光したときの汚染検出限界は25mm2エリア当たりそれぞれ22.3,11.8mBq,20mm真鍮箱内72時間露光したときのそれは5.8mBqであった.これは次節で述べるRLGの検出限界と少し異なっている.これは,後者では3SDを採用していること,汚染防護膜を介しているなど微妙に実験条件が異なっているからである.

   
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