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3. ラジオルミノグラフィーによる放射能の定量測定

3.3 バックグラウンド値

 RLG における BG の問題点
 従来の放射線計数装置では検出限界はBG値のSDを基準にして決められているが,RLG における検出限界は研究者個人の主観によって決められている.また,いろいろ設定してみてBG値が最も低い位置をROIbg としているのが普通であるが,これは非論理的である.
 結論から述べる.PSLbg は,BASの感度と遮蔽強度における不均一性による影響を受け正規分布にはならないので,RLGでは検出限界をBG値のSDから規定することができない.すなわち,検出限界をBG値のSDから規定するためにはPSLbgのnormalizationという過程が必要である.
 LSCでは BG を低下させるために,計数装置部分の遮蔽の強化を初め,同時計数回路,目的の放射線だけを選択的に計数する波高選別器などが組み込まれている.更に BG を下げるために低バックLSCでは検出器をプラスチックシンチレーターで囲み,両者に同時に入った信号をカットする工夫(逆同時計数回路1.1 極低量C-14 投与実験を可能にする高感度放射能測定法)がなされている.これに対して,RLG は放射線を選別して検出する機能を持たない.PSLbg を低下させる唯一の方法は遮蔽を厚くすることである.このような理由から露光にはシールドボックスが用いられている.
 普通の放射線計数装置では検出器ユニットの容積は小さく,その部分だけを集中的に遮蔽すれば目的を達する.RLG では IP 全面にわたって均一強度で遮蔽しなければならないが,それは容易なことではない.筆者はいろいろな条件下で24 hr露光したIPについて,周辺部 10 mm をカットし,PSLbg/5×5 mm (2736エリア)の分布を調べ,次の結果を得た.無遮蔽(以下,括弧内はPSLbg±SD PSL,56.20±2.30 PSL),カセット(51.59±2.17 PSL),5 mm 真鍮箱(25.88±3.02 PSL),10 mm 真鍮箱(21.64±2.78 PSL),20 mm 真鍮箱(15.36±2.49 PSL)及び富士シールドボックス内(12.01±2.10 PSL).
 これらの実験結果は予想に反するものであった.PSLbg の平均値は遮蔽厚みに対して指数関数的に低くなっている.理論的にはPSLbgの平方根に比例して SD も小さくなるはずであるが,実際にはSD は全く改善されなかった(8).これは,BAS の感度 and/or 遮蔽における不均一性が存在することを意味している.したがって,これらを校正しない限り,遮蔽効果を活かすことはできないことが分かった.

 PSLbg の校正
 PSLbgの不均一性は,BAS の感度校正と同じ原理で校正できると考えた.この可能性を,20 mm 真鍮箱内で 72 時間重ねて放置した 5枚の未使用 IP の PSLbg/100 mm2を調べることにより検討した.5 枚のうち1枚を BG 測定用 IP (IPme),他を BG 校正用 IP(IPbg) とした.IPmeで観察された各エリアのPSLbg(PSLob.bg)を式 8 で校正し,校正されたPSLbg(PSLnor.bg) を算出した.この場合には各エリアのPSLbgは ROIbg の値に校正されたことになる.

f8 式 8

 Fig.4 A及びBはそれぞれPSLob.bg,PSLnor.bgの分布を示す.PSLob.bgは平均値が337.1 PSLで,低値側に膨らんだ非正規分布になっているのに対して, PSLnor.bgは平均値が317.5 PSL,RSD 1.9 % の典型的な正規分布になっていることは注目すべきである.PSLnor.bgの平均値が低値にシフトしたのは,周辺部(より強く遮蔽されている,次項参照)の値で校正されたことによると説明される. P-32 β粒子は1 個当たり平均 0.084 PSLを与えることを前述した.PSLnor.bgの平均値は, 3780 個の P-32 β粒子が入射したときに予想される値に相当し,この数の放射性壊変に伴う統計変動 RSD は 1.6 % で,この値は PSLnor.bg の RSD とほぼ一致していることは興味深いことである.

fig4

Fig.4 Variances of PSLbg before (A) and after(B) normalization

 

 PSLnor.bgは正規分布するので,これを使って RLG の検出限界をSD で規定することができる.LSC の BG 計数率は 30 cpm 前後である.したがって,IP を 20 mm 真鍮箱内で 72時間露光した場合のPSLnor.bg/100 mm2が 317.5±5.9 PSL であるということは,LSC では BG を 32 ± 0.6 cpm で測定していることに相当する.これだけの精度を確保するためには LSC では 100 分計数が要求される.

 PSLbg の新測定法
 PSLbg の位置依存性は BG area ratio で校正できることは,これを使ってより合理的にPSLbgを評価できることを意味している.著者らはより合理的な PSLbgの評価法として重ね合わせ法を提案した(8).測定試料(C-14)に接している IPme に IPbg を重ねて露光した場合を考える.BG 放射線は IPbg 及び IPme に対して等価であるが, C-14β線の最大飛程(約 25 mg/cm2)は IP の厚みに対して充分小さいので測定試料中に存在する C-14β線は IPbg にはほとんど影響を及ぼさないと考えられる.唯一の懸念は,C-14 β線から発生する制動放射線であるが,制動放射線発生率は 0.3 % 以下(8) で,実際上は問題にならない.したがって,IPme におけるある ROI の PSLbg を,IPbg で得られた当該 ROI の PSLbgから式 9 で求めることができる.この場合,IP の応答感度は一枚ごとに少しずつ異なるが,応答感度の差は同一領域に設定した ROIbg の PSLbg から補正できる.

f9 式 9

 提案した方法の精度を検証するためにPSLbgの校正で得られたデータを次のように解析した.エリア1 - 5及び680-684(エリアのナンバリングについては3.2 BASの感度均一性の校正参照)をROIbgとし,両ROIの平均値をPSLbgとして用いた.IPmeのPSLbgをPSLob.bgとした.各エリアのPSLcal.bg は, 4枚の IPbg のPSLob.bgと cor. F の平均値を用いて式 9 で算出した.一例として,エリア 321から 420 についてPSLob.bg とPSLcal.bgを比較し,その結果を Fig. 5 に図示した.

fig5

Fig. 5 Fluctuation of PSLbg and PSLcal.bg

 

 この図において次の 3 点を強調しておく.その第一は,PSLob.bg に明確な周期性が認められることである.エリア 36 n(nはゼロまたは正の整数)と 36 n + 1 に“深い谷”, 36 n + 18 と 36 n + 19 に“サドル”が現れる.前者は上辺部の,後者は下辺部の折り返し点に相当する.これらの点に相当するエリアを中心に PSLbgが極小値になるのは,これらのエリア付近がより強く遮蔽されていることを意味している.遮蔽強度から考えると,上辺部と下辺部は同等であるが,このように両辺に差が出るのは BAS の縦方向(主走査)の感度変動性によると考えられる.BAS による読取りを逆方向に行うと,深い谷とサドルはほぼ同じ深さの谷になる.
 その第二は,PSLob.bg はエリア番号に従って大きく変動するが,PSLcal.bgはこの変動を忠実にフォローしている,換言すれば提案された方法はPSLbg の位置依存性を精確に校正していることである.
 その第三は,ROIbg の PSLbgを固定値(図中,点線)として使用する従来法ではPSLbgを 1 エリア当たり平均して約 20 PSL も実際よりも低く(正味では高く)見積もることになるが,本法は偏りのない測定値を与える.C-14 を,ルミラー膜を介して 72 時間密着露光したときの PSL 値はおおよそ 1000 PSL/Bq である.したがって,約20 PSL の過小評価は1 エリア当たり正味で約 20 mBq 過大評価する結果となる.
 重ね合わせ法の精度を調べるためにPSLob.bg とPSLcal.bgの差を検討した.IPbg が 1,2,3,4 枚のときの両者の差の絶対値は7.62,6.45,6.07,5.81 PSL で,IPbg の枚数を多くするにつれて小さくなるがゼロにはならない.これは,PSLbg に統計変動があるためである.IPbg の枚数としては 3 枚で充分である.
 以上,説明を簡単にするためにエリア単位の校正について述べたが,重ね合わせ法は不定形の場合にも適用できる.すなわち,IPmeと IPbg の画像を出し,前者のある ROI の PSL 値から後者の対応する ROI の PSL 値(cor. F で校正して)を差し引けば,直接 net PSL 値を描き出すことができるはずである.
 PSLbgが有効に校正できることは,各エリアの BG area ratio は遮蔽容器と BASによって決まる固有の値であることを意味している.したがって,予め数枚の IP を用いて各エリアの BG area ratio を求めておけば,IPme における ROIbg の PSLbgとBG area ratio から式10 を使って任意のエリアのPSLcal.bgを算出できる(BG エリアレシオ法).この方法は,P-32 に対しても有効に適用できるはずである.

f10 式10

 従来のBG評価法と重ね合わせ法またはBGエリアレシオ法との本質的な相異は前者では別に設定したROIbgのPSLbgから推定しているが,後者ではそのエリアのPSLbgを直接評価していることである.従来法では低レベル領域の検量線がROIbgの位置によっては原点から大きく外れることがあるが,ここに提案された方法では検量線は常に原点の近傍を通る(Fig. 6).

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