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12. 低バック液体シンチレーションカウンタのマイクロドージングへの応用

1 核化学の基礎

核子,同位体,核種,放射性壊変,壊変エネルギー,電子ボルトeV
原子核は陽子(positron, p)と中性子(neutron, n)から構成されており,これらを核子(nucleon)と呼んでいる.陽子数が同じで中性子の数やエネルギー状態が異なる原子を同位体isotopeと呼んでいる. また,陽子数,中性子数及びエネルギー状態で規定される原子核の種類を核種nuclideと通称している.核子が関与する現象や放射線のエネルギーは,電子ボルトeVという単位で表示されている.1 eVは,電気素量eの電荷を持つ粒子が真空中で電位差1Vの2点間で加速される時に獲得するエネルギーである.
化学反応は核外電子の相互作用によって起っている現象でせいぜい数十eVのレベルで起っているのとは対照的に核子が関与する現象はMeVのレベルで起っている.すなわち,原子核が関与する現象は,普通の化学反応に比べて十万倍も高いエネルギーレベルで起っていることを理解していなければならない.

放射能の単位
放射能のSI単位はベクレルBqで,1秒間に1個の崩壊する放射能を1Bqとする.Ci単位もしばしば使われている.1Ciは毎秒の崩壊数が3.7×1010個(ラジウム1gの放射能にほぼ相当)であるときの放射能である.このほか毎分当りの壊変数dpm (disintegration per minute)などもしばしば登場する.SI単位系を重視する化学系の雑誌ではBqに統一されているが,わが国の医学薬学系の雑誌でこれらの単位が併用されている.ここではあえて統一せずに,その場の雰囲気にマッチした単位を使った.

放射性壊変の種類
放射性壊変radioactive disintegration, radioactive decayにはα,β,γの3種類がある.壊変はまた崩壊とも呼ばれている.両者は同じものであるが,化学者は前者を,物理学者は後者を習慣的に用いる傾向がある.ここではあえて統一しなかった.
α壊変は,原子核からα粒子(4Heの原子核)が放出される現象である.γ壊変は原子核のエネルギー順位の変化によって起こる壊変である.
β壊変は,原子核に対して電子が出入する壊変である.原子核における p と nの比(n/p)は原子核の大きさによって決る,“バランスのとれた値”がある.小さい原子核ではこの比はほぼ1であるが,原子核が大きくなるにつれてn過剰の割合が大きくなる.安定原子核が存在するn/pの領域をガモフの谷と呼んでいる.この谷よりn過剰の原子核は,原子核内のnがpに壊変し,陰電子が放出される.これがβ-壊変である.p過剰の原子核では,原子核内のpがnに壊変し,陽電子が放出される.陽電子は陰電子と結合し,陰陽電子の質量に相当する,2個の0.51 MeVの電磁波(これを消滅放射線という)を互いに反対方向に放射する.このほか軌道電子捕獲壊変(electron capture, EC)がある.これは軌道電子が原子核に捕獲される壊変である.また,2種類の壊変がある割合で起っている核種もある.例えば,40Kではその89.3%はβ-壊変し,10.7%はEC壊変する.11Cは陽電子壊変体,12Cと13Cは安定同位体,14Cは陰電子放射体である.普通,単にβ壊変というとβ-壊変を指すことになっている.薬学でお馴染みの3H,14C,35S, 32P,45Caなどはいずれもβ-壊変体である. 32Pを除くこれらの放射性同位体はエネルギーの低いβ線を放射することから軟β放射体soft βemitterと通称されている.

放射線の検出
放射線を検出するということは,放射線と物質分子(原子)との相互作用によって起る物理的あるいは化学的変化を検出することである.原子核から放出された放射線は核外電子と相互作用を反復しながらエネルギーを失っていく.1回の相互作用で失うエネルギーは相互作用の種類によっても異なる.例えば,イオン化作用では平均して30 eVのエネルギーが失われると見積もられている.
β線は連続エネルギーを持っている.
14C線源とGM計数管の間にアルミ箔をおいて計数してみる(6章のFig. 1 Absorption curves of 147Pm and 14C by GM counter).計数は,おおよそ厚み2.5 mg/cm2で半分(half value thickness, 半価層)になる割合で,ほぼ指数関数的に減弱してゆく.この事実は,β壊変に伴って放出されるβ粒子は,最大エネルギー以下ゼロまでの,いろいろなエネルギーを持って放出されていることを示唆している.そこで,最大のエネルギーをそのβ線のエネルギーと呼んでいる.β壊変では電子のほかに電荷を持たない粒子(ニュートリノ)が放射されており,β粒子とニュートリノのエネルギーの和がそのβ壊変に利用できるエネルギーであると考えることによってβ壊変におけるエネルギー保存則が説明されている.半価層の10倍の遮蔽体をおくと,β線強度は約1/1000に減弱し,ほぼ完全に遮蔽されたと看做される.14Cより一桁エネルギーの低い3HでもCi単位の量になると制動放射線も無視できなくなることを記憶しておくべきである.また,32Pは高エネルギーのβ線を放射する.最大飛程以上に遮蔽しても,散乱放射線や制動放射線によって周辺のバックグラウンドを上昇させるので線源管理には細心の注意が必要である.
放射線と物資との相互作用には電離・イオン化作用,蛍光作用,写真作用などがある.LSCはβ線の蛍光作用を利用した検出法である.
ここでクエンチングという用語を説明しておく必要がある.クエンチングとは,ある現象の発現が,物理的な変化あるいは化学物質の添加などによって著しく阻害されることを意味する物理学用語である.LSCでは,試料中に着色物質(カラークエンチング)や化学物質(特に,ハロゲン化合物,ケミカルクエンチング)が存在すると,蛍光作用は弱まり,パルス波高スペクトル(次に説明する)は低波高側にシフトし,結果として計数効率は低下する現象を意味する.
読者の最大関心事は,“1個の14Cがシンチレータ内で崩壊した場合,何個の光子が発生されるか?”ということであろう.この答えは単純ではない.その理由は,先述したようにβ崩壊では最大エネルギー以下ゼロに至る連続エネルギーを持ったβ粒子が放射されていること,及び発光効率は計数試料ごとにクエンチングの度合いによって異なるからである.何も具体的に答えないのも無責任である.1個の光子を発生するのに30 eV消費するとし,平均的なエネルギーを持って放出された14Cのβ粒子(10 keV)を例にすると,333個の光子が発生することになる.液シンに関する成書では1蛍光当り平均250個の光子が生成するという記載があるのでこの推論は当たらずとも遠からずということであろう.光電子増倍管photo multiplier tube (PMT) の光電面がバイアルを望む立体角を10 %とすると,蛍光によって放出される一次光電子の数は33個と見積もられる.これを電子増幅して1つの計数として取り出すのがLSCである.

   
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