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13. 福島原発事故で発生した放射性廃棄物の処理法

・ 原発事故廃棄物を燃焼しても,Sr-90やCs-137は放出されない.
・ 植物体内のCa,Kの交替を利用してSr-90,Cs-137レベルを低下させる.
・ 原発に木質系火力発電所を新設し,燃料として廃屋や域内の薪炭を用いる.
・ 各自治体に専用の燃焼炉を新設して可燃廃棄物処理に着手する.
・ 野生動物は一か所に集めて燃焼処理し,Sr-90汚染情報を集める. 

概要

 放射線管理の要点は,放射能汚染物の体積を小さく(減容)し,放射能が減衰して安全になるまで保管(保管廃棄)することである.今回の原発事故に伴う放射線管理は従来とは全く異なる対応を迫っている.すなわち,汚染は局所的ではなく,数百キロ平方メートルに渡っている.また,いずれも半減期が長いので保管廃棄はできない.
  “原発事故廃棄物を燃焼すると,ストロンチウム-90(Sr-90)やセシウム-137(Cs-137)が再放出される”というのは,政・官・学・産に渡る大きな思い違いである.この思い違いのために,廃棄物処理が完全に頓挫し,関係住民に多大の迷惑をかけていることは由々しい問題である.
  福島原発敷地内に,木質系火力発電所を新設する.燃料として,原発周辺に保管されている膨大な量の可燃放射性廃棄物及び放棄家屋の廃材を当てる.更に,汚染地域から集められた薪炭,耕作放棄農地などに作付けされた桑の木などを集荷して燃料とする.Sr-90とCs-137は,それぞれCa, Kの同族元素であるので,後者と同じ挙動をとっていると考えられる.従って,この過程を反復することによって,汚染地域の土壌から Sr-90並びにCs-137を漸次回収することができる.
  各自治体に集積されている,膨大な量の可燃放射性廃棄物が復旧を阻害している.速やかに専用の焼却炉を設置し,燃焼処理を始めるべきである.規制値以上の放射能を示すロットは保管廃棄する.燃焼処理によって大きく減容されるので,保管廃棄が可能になる.
  提案する事業は,避難住民に就業の場を与え,故郷への早期帰還を可能にする.また,化石燃料を全く使わないので自然に優しい事業である.

  1.  現在,行われている汚染除去法の問題点
      福島原発事故によって,数百平方キロメートルにも及ぶ山川草木がSr-90並びにCs-137で普遍的に汚染された.“除染”とは,広範囲に広がっている汚染放射性物質を集め,容積を小さく(減容)し,隔離して放射能濃度が規定以下になるまで保管する(保管廃棄)ことである.
      Sr-90やCs-137を選択的に吸着する方法を初め,いろいろな提案が大々的に報道され,国民に期待を抱かせたが,いずれも実用化に至らなかった.放射線防護服に身を固めた作業員が家屋や道路を高圧水で除染している映像もしばしば放映されたが,これは放射能をより広範囲にまき散らしただけである,また,表土を削り取って埋め込んだり,草木を刈り取って他地区へ運び出したりしているが,これは問題を先送りしているだけである.
      保管廃棄は完全に行き詰まっている.自治体間は言うに及ばず,各自治体内でも廃棄物の保管場所を引受ける地区がない.結局,事業所ごとに1立方メートルほどのブルーシート袋に詰め,積んでおくという,消極的な対応が採られているのが実情である.ブルーシート袋の寿命は数年である.袋が破損したら,処理は更に厄介になると危惧される.普通,保管廃棄の期間は半減期の10倍となっている.P-32やI-131のように短半減期核種や,注射針のように嵩低いものの廃棄には,保管廃棄も有効な方法の1つであるが,今回,問題になっている,Cs-137やSr-90のように半減期が長く(それぞれ27年,28年),嵩張る廃棄物の保管廃棄はもともとナンセンスな選択であったというべきである.Cs-137やSr-90汚染廃棄物でも,例えば,100分の1に減容できる処理ができたら,自治体ごとで保管廃棄する道も開ける.
      居住区域や農地だけを限定的に汚染除去していることもナンセンスである.一時的に放射線量が低下しても,雨水によって放射能が非除染区域から漏出してくるからである.したがって,汚染除去は高地から低地に向かって漏れなくするべきである.
      まず,汚染状況の概要と今後の見通しを考える必要がある.原発事故に伴う放射能による汚染は当日の気象状況によって決められた.すなわち,今回の事故では,原発から北北西に広がる,約100平方キロメートルに及ぶ,細長い楕円形区域が特に高濃度に汚染されていると報道されている.汚染放射能は雨水によって周辺に拡散し,川に流れ込み,最終的には海に流れ出る.
      Cs-137とSr-90は,それぞれカリウム,カルシウムの同族元素の放射性核種である.植物に付着したCs-137とSr-90は動植物界の生理サイクルに入り,それぞれカリウム,カルシウムと同じ動きをしていると考えられる,植物は発芽時や成長時に旺盛にカリウムを,自己の体を形成し,強化するためにカルシウムを必要とする.また,骨や歯のような硬組織でも構成成分であるリンやカルシウムは一定速度で新陳代謝を受けていることを考えると,木質部に吸収されたCs-137,Sr-90もある速度で交替していると考えられる.
  2.  提案する方法の理論的背景
     原発事故によって周辺地域並びにそこに繁茂している植物はSr-90やCs-137で汚染された.原発事故直後には,汚染放射能は雨水による単なる洗い出し過程で比較的速かに河川水に移行していたが,土壌や生態系に取り込まれた汚染放射能の洗い出し速度は遅いと考えられる.すなわち,手を拱いていたのでは “百年,河清を待つ”ことになる.そこで,汚染地域に成長している草木や腐葉土を集め,焼却する過程を加えることによって, Sr-90やCs-137の自然界からの回収を速くしようというのが本提案の趣旨である.
     将来,材木として利用される森林資源の除染は,樹木が生きている間に行わなければならないことを指摘しておかなければならない.木は伐採されたときから,生理現象による放射能の減弱は全くなくなる.すなわち,生木中のSr-90やCs-137は,有効半減期(物理的減衰+生理的減衰)で低下していくが,一旦伐採されると,生理的減衰は全く機能しなくなる.しかも,乾燥すれば,放出される放射線の自己吸収損失が低くなるので,木材の見かけの放射能は高くなる.このような事情が分かると,“放射線を出す木材”という風評被害も加わって,当該地域産の木材は処理困難な,用途のない負の商品になる.

     “原発事故汚染廃棄物を燃焼してもCs-137やSr-90は周辺部に放出されない.”

     原発事故直後,遠く静岡県の茶畑や群馬県の椎茸までSr-90やCs-137で汚染され,出荷停止になったことは事実である.また,京都の五山の送り火に宮城県の松を使おうという計画が,市民団体によって拒否されるという騒動があった.その結果,“原発事故汚染廃棄物を燃焼すると,周辺に放射能がまき散らされる”という風説が定着し,廃棄物燃焼炉が拒否される口実になっている.まず,これに科学的に答えておく必要がある.それには普通の化学反応と原子核反応の違いを理解しておかなければならない.
     CsとSrは地球上にはごくわずかにしか存在しない金属元素である.化学で学んだ各元素の物理的あるいは化学的性質は“10の何乗個もの原子が集まった状態”で観察される性質である.高校の化学で習ったことを思い出そう.90 grのSr-90には6×10の23乗個(アヴォガドロ定数)のSr-90原子が含まれている.また,原子炉内で起っている原子核分裂反応では,Cs-137やSr-90が,100万電子ボルト(普通の化学反応の10万倍)という桁違いに高いエネルギー(反跳エネルギー)をもって核燃料棒から“一原子単位で”で放出されている.これをホットアトムという.原子炉が正常に稼働している状態では,ホットアトムのエネルギーは蒸気タービンを動かすエネルギーとして費消されている.何らかの原因で原子炉内の圧力が異常に上がった場合には,原子炉は解放されることになる.この際,原子炉外に放出されたホットアトム状態のCs-137やSr-90原子は,原子単位で水蒸気に吸着され,空気中の酸素や窒素と衝突を繰り返して次第に運動エネルギーを失い,雲に乗って遠隔地に運ばれ,水滴となって当該地区を汚染した. CsやSrは,存在比の極めて低い元素で,それぞれ同族元素のカリウムKやカルシウムCaに紛れ込み,以後は後者と同じ挙動をとることになる.すなわち,放射性廃棄物中に存在するCs-137やSr-90は不揮発性として扱って良い.身近な事実を挙げておこう.
     人体には常在成分としてKが含まれている. Kには放射性カリウム K-40(半減期13億年)がある.これは,地球ができた時に生成し,今日まで生き延びてきた放射性核種である.成人には一人当たり約6000 BqのK-40が含まれている.実際,低バックグラウンド液体シンチレーションカウンタでヒト尿を測定するとK-40のβ線スペクトルが観察される(Fig.12.1).CsはKの兄貴分の元素で,揮発性はKより更に低い.原発事故汚染廃棄物を燃焼するとCs-137が周辺にまき散らされるとしたら,火葬場周辺にはK-40が蓄積されているはずである.例えば,年間1000人の死体を焼却処理している火葬場では,年間6 MBqという大量のK-40がまき散らされていることになる.“火葬場周辺はK-40による放射能が高い”という話は寡聞にして聞かない.このような事実から,“原発事故汚染廃棄物を燃焼してもSr-90やCs-137は放出されない”と自信をもって答えられる.余談になるが,多くの食品に定められている,放射能の規制値100 Bq/kg はヒト体内に含まれているK-40含量と同じであることを指摘しておく.放射能汚染については過度に厳しい規制値が設けられているというのが筆者の見解である.
     安全には安全を期さなければならない.燃焼炉には高性能の除塵フィルターをつけ,燃焼処理は少量の保持担体を添加して行うべきである.燃焼残さの放射能をチェックし,あるレベル以上の放射能が観察されたものは保管廃棄にする.この場合,燃焼によって少なくとも1/100 に減容できるので,保管廃棄も受け入れられる方式である.
  3.  原発に火力発電所を
     定常的に燃料を提供できるルートとして次のようなルートが考えられる.

    1. 現在,各戸別,各事業所に保管されている膨大な可燃廃棄物.

    2. 放棄された家屋
     原発事故後,既に3年も空き家状態が続いていた家屋はほとんどすべて放棄されることになると考えられる.不住家屋は嵩高い放射性廃棄物となり,近い将来,その処理が大きな社会問題になると懸念される.また,各家屋の放射能汚染濃度は法規制値以下でも廃材の引き取り手が現れないであろう.結局,東電が引き取り,処理しなければならないことになる.他方,木造家屋の廃材は良質な燃料で,重油バーナーが普及するまでは銭湯の燃料として引き取られていた.家屋を解体し,一定規格の燃料を製造・供給するシステムを開発すれば,不住家屋の処理は経済的に採算のとれる事業になると期待できる.

    3. 木質燃料の調達 
     山林からの調達(山林,原野の除染)地区住民に薪や落ち葉を集めて貰い,適正価格で買い取る.化石燃料が普及する前,すなわち約80年前までは,地方の燃料はほぼすべて山岳地帯から供給される薪や炭に依存していた.また,落ち葉集めは重要な晩秋の作業になっていた.この歴史的事実を考えれば,これは決して絵空事ではない.この事業は,避難住民に早期帰郷の希望を与え,地区を経済的に潤すことになる.元来,樹木を適宜更新することや間伐することは山の健全な育成に不可欠な作業であった.従って,これは自然保護の観点からも有効な事業である.他方,本課題は,治山治水の観点からも検討する必要がある.極端な薪炭の採取は地崩れの原因になる.実務については,数十年前まで山仕事で生計を立てていた老人の意見が参考になるであろう.
     休耕農地からの調達(農耕地の除染)期限付きで農地を借用し,圃場整理し,生育の良い樹種,例えば桑の苗を植える.夏期,シュートを定期的に機械で収穫して一定形状にして燃料とする.桑は,成長力が旺盛(Sr-90とCs-137を吸収する能力が高い)で年に複数回シュートを収穫できる,乾燥地や河川敷など,条件の悪い土地にも作付けできる,病虫害をほとんど受けず,雑草より伸長力の強い,ひと手のかからない樹種である.しかも,桑畑の農地への再転換が容易である.不要になったら,“Sr-90,Cs-137 除染済み農地”のお墨付きで,持ち主に返却し,翌年から普通の農作物が作付けできる.筆者は幼少の頃,桑畑が田畑に転換される過程を見てきた.農民は先祖伝来の土地に異常に強い執着を持っているが,有期貸借の形にすれば,貸借契約は比較的容易に成立すると思われる.桑の栽培については,養蚕農家から有益なアドバイスが得られるはずである.
  4.  各自治体に可燃放射性廃棄物燃焼炉を
     放射性廃棄物で満杯になったブルーシート袋が積まれた,無人の集落や公共施設がしばしばテレビ放映される.放射性廃棄物を処理しない限り,住民は帰郷できないし,町も生き返らない.可及的速やかに,各自治体に専用の可燃廃棄物燃焼炉を造って,燃焼処理を始めることを提案する.燃焼処理すれば大きく減容できる.規制値以上の放射能を与えた燃焼残さはまとめて保管廃棄すれば良い.


付記 Sr-90の問題

 Sr-90は骨に集まり,骨髄を照射して白血病を誘発する可能性のあることから,向骨性核種として最も危険視されてきた核種で.放射線障害防止法が制定された時には,最も危険な核種に分類され,ひとけた低い量から法規制の対象になっていた,同核種の核分裂収率,半減期はいずれもCs-137のそれらとほぼ同じである.このことは,存在場所を問わなければ,現時点でSr-90はCs-137と同量存在していることを意味する.
  ビギ二の核実験による放射能汚染マグロ事件の時にはSr-90(GM計数管による検査)のみが騒がれていた.その後,半導体検出器が開発されてγ線が手軽に測れるようになった.Cs-137自身はγ線を放出しないが,Cs-137の娘核種(Ba-137m)がγ線を放出するので,このγ線を測ることによってCs-137を容易に計測できる.計測が厄介であるという事情だけで,より危険性の高いSr-90を棚上げしているのは極めて無責任なことである.Sr-90の娘核種.イットリウム-90(Y-90)はずば抜けて高エネルギーのβ線を放出する.しかも,Y-90は短半減期であるので,試料を暫く放置しておくとSr-90から生成する量と壊れる量が同じになる(放射平衡).最新型の液体シンチレーションカウンターは高いエネルギー分解能を持っている.ちょうど,ヒト尿中の放射性炭素(C-14)とK-40(前述)をβ線のエネルギーから分別測定したと同じようにY-90(同時にSr-90)を定量できると考える,
  福島県にSr-90専用の分析室を設置し,福島県および周辺地域に生息する野生動物のSr-90の汚染状況をモニターするべきである.


あとがき

 福島原発事故は他人事ではありません.
  引退して20年.方丈記の鴨長明の心境で日々を送ってきましたが,放射能で故郷を追われた皆様のことを思うと胸が痛みます.老生の意見が何らかのお役に立てばと思い,ホームページに1章を追加することにしました.
  現在,民間側の復興は遅々として進まず,原発事故に関する世間の関心も薄らいでいるように思われます.その最大の原因は,“放射性廃棄物を燃焼すると,Sr-90やCs-137が再放出される”という,ナンセンスなデマに惑わされて,廃棄物の燃焼処理を始めようとする気運が官,産のいずれにもないことにあると思われます.このままでは,“放射能は除かれたが,その廃棄物の置き場に占領されて帰る場所がなくなる”ことになります.放射性廃棄物の燃焼処理に踏み出せば,道は徐々に開けてくるのではと考えます.隗より始めよ.東電は,原発敷地内にモデル燃焼炉を作って,廃棄物の焼却処理を試験的に始めるのが第一歩であると考えます.

2014年2月10日,84歳の誕生日に


   
 

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