RLGlogo2

10. C-14標識体ナノモルドージングでヒトでの代謝試験

10.3 加速質量分析法(AMS)との比較

 低バック液シン法の一般的な長所は 5. 極低レベル C-14 標識薬物投与実験  Q 5.8 加速質量分析法に対していかなるメリットがあるか? で解説した.
  ヒトに投与されたC-14標識薬物のマスバランス試験におけるAMSの有用性としてAMSの高感度性が挙げられている.放射能の検出限界は,計数装置の種類,計数時間などによって大きく異なる.原理の異なる測定法のパーフォーマンスを客観的に比較するには検出限界を統一(例えば,バックグラウンド値の3SD)し,測定条件を明記し,1Bq以下の検量線(Fig.1に対応する)を提示しなければならない.
 AMSは,サンプルサイズが小さいこと,感度が高いことなど画期的な carbon dating法であることは間違いない.しかしながら,薬物動態研究で扱う試料はmodern carbonである.この場合には,carbon datingとは逆にどれだけC-14量が多いかを調べることである.薬物動態研究ではサンプルサイズが小さいことは逆にデメリットである.また,carbon datingではC-14/C-12(or C-13)だけが問題になるのに対して,薬物動態研究ではこの比のほかに炭素の総量も測らなければならないという厄介な問題がある.
 AMSの感度は液シンの1000倍という情報が一人歩きしている.AMSの高感度性を主張するデータとして,液シンの検出限界は1Bq(4)や200dpm(=3.3Bq)/ml血漿(1)などがあるが,これらの値はいずれも著しくunderestimateされた値である.Fig.1が示すように,検出限界は,整備された普通の液シンで10分計数した場合0.068Bq,低バック液シンで100分計数した場合0.010Bqである.
 検出限界は単位試料量(gまたはml)当たりで比較するべきである.測定系に導入できる量が圧倒的に大きいので,低バック液シンの単位試料量当たりの検出感度はAMSより高い.測定試料調製が最も困難と考えられる便について両者を比べて見よう.AMSでは測定系に導入できるのは炭素として0.1mmolで,これは1日便の10000分の1にも満たない量である.これに対して,オキシダイザーで分解して測る方法(100mlバイアルを使用)では1日排泄量の100分の1量を測定できる.更に,ベンゼンに変換して測る方法をとれば,1日の全量を高い計数効率で測定することも可能である.
 低バック液シン法は,測定装置も,測定試料当たりの測定経費もAMSより2桁安価で,どの製薬企業も自前で実施できる方法である.
 呼気を含めたマスバランスが解明できる.筆者には呼気分析についての経験がないが,安定同位体トレーサー法が導入された頃,C-13標識体を投与し,呼気中のC-13を測って薬物代謝能を見ようという研究が盛んに行われた.当時の呼気分析の文献が参考になると思われる.
 便は肉眼で見ても不均質である.更に,C-14も不均一に分布していると考えなければならない.一日の便から,わずか10000分の1の採取で便全体を精確に代表する測定試料を調製することは困難と考えられる.試料サイズが大きい低バック液シン法ではこのような問題は存在しない.
 carbon datingではC-14/C-12(or C-13)だけが問題になったが,AMSによるマスバランス試験では測定試料中の総炭素を求めなければならない.何万分の1しかとれなかった測定試料から試料中に含まれる総炭素量を正確に評価することは困難な課題である.これに対して,低バック液シン法では全体の何%を計数したかだけが問題である.
 低バック液シン法では,C-14による汚染だけを注意すれば良いが,AMSによるマスバランス試験では,測定試料調製から測定に至る全過程でC-14による汚染のみならずdead carbonによる希釈も問題になる.このほか,測定系におけるメモリーの問題もある.このような事情から,AMSによるマスバランス試験には高度に熟練した特殊技術者が必要になると考える.他方,低バック液シン法は,慣れ親しんだ液シンの延長としてだれでも使うことができる.
  基礎事項で述べたように,C-13やC-14は量的変動の大きい同位体である.AMS法では,これらの変動という問題があるが,低バック液シン法ではこれは全く問題にならない.

 
   
章の目次へ 次へ

Home

略字表