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5. 極低レベル C-14 標識薬物投与実験

5.3 極低レベル C-14標識薬物投与実験に関する Q and A

Q 5.1 放射線障害の危険性は大丈夫か?
Q 5.2 安定同位体トレーサー法は活用できないか?
Q 5.3 数日に及ぶ測定では計数効率が微妙に変わってくるのでは?
Q 5.4 ポリエチレンバイアルとガラスバイアルどちらが良いか? また,シンチレーターはどういう基準で選ぶか?
Q 5.5 極低レベル放射能の測定ではどんな配慮が必要か?
Q 5.6 使用された low BG LSC はこのままヒトにおける薬物動態研究に使用できるか?
Q 5.7 1μCi C-14/man でどこまでトレースできるか?
Q 5.8 加速質量分析法に対していかなるメリットがあるか?
Q 5.9 提案された方法の感度の向上は期待できるか?

Q 5.1 放射線障害の危険性は大丈夫か?

A 5.1 RI トレサー法に代る薬物代謝研究法として安定同位体トレーサー法を提案したおり,安定同位元素研究会(薬物動態学会の前身)より C-13 炭酸バリウムの提供を受け,C-13濃縮過程で混入する恐れのある C-14 の量を測定し,その量を人体中や食物中に含まれる量と比較した(3).大気圏では,宇宙線から 2 次的に発生した中性子によって絶えず C-14 が生成している(N-14 + n = C-14 + p).生成した C-14 は 5730 年の半減期で N-14 に戻ってゆく.人体は,生成と壊変の平衡状態にある炭素(modern carbon)から構成されており,日々摂取する食物中の炭素も modern carbon である.これに対して,ほとんど全ての化学薬品(化石燃料起原)の炭素は,壊変が終了した dead carbon である.modern carbon 中の C-14 の存在比から計算すると,人体(体重 60 kg)には 49 nCi の,一日に摂取する食物には 1.1 nCi の C-14 が含まれている.すなわち,毎日,50 nCi の C-14 の内部被爆を受け続け,1 nCi の C-14 を摂取していることになる.国連科学委員会(1988年報告)によると,通常のバックグラウンドの地域における自然放射線源からの一人当たりの年実効線量当量は 2.4 mSv(体外照射 0.8 mSv,体内 1.6 mSv)といわれている.また,国際放射線防護委員会(ICRP,1990年)からは一般公衆の線量限度として1年間につき1mSvが勧告されている.生物学的半減期 0.5 日の C-14 標識薬物1 μCi の服用に伴う内部被爆は約 8μSv と推定される.わが国では,どんな少量でも放射能は放射能というアレルギーがあるが,これらの事情を考慮すると,心理的なことは別として,1μCi の C-14 の服用に伴う放射線障害は杞憂に過ぎない.欧米では古くから10 μCi C-14 標識薬物の服用実験が実施されてきた.
Q 5.2 安定同位体トレーサー法は活用できないか?
A 5.2 昭和40年代初頭,RI トレーサー法の弱点を補う方法として安定同位体トレーサー法を提案したが,このトレーサー法は,安定同位体は沈黙の同位体 silent isotopeであるのでバランスシートの作成が難しい,測定にデリケートな装置である質量分析装置を必要とする等の理由で期待したほど普及しなかった.結局,このトレーサー法は,安定同位体標識体を内部標準として生体微量成分を GC-MS や LC-MSで定量する,同時投与法で薬物の bioavailabilityを調べる,疑似ラセミ体で光学異性体の生体内動態の差を解明する,非標識:標識等モル混合物を使って代謝物の検索,構造解析をする(イオンクラスター法)など基礎研究(7. 研究例)に限られている.
Q 5.3 数日に及ぶ測定では計数効率が微妙に変わってくるのでは?
A 5.3 20 検体をゴールデンウイーク中連続測定(100 分ずつ 5 サイクル)した経験があるが,測定値は安定していた.前問に出ている BG 試料を 3 サイクル測定したが,その値は 4.17±0.139, 4.05±0.376, 4.09±0.128 であった.このことは,計数を反復して更に精度を向上できることを示唆している.また,プリセットカウント方式に設定し,低カウントの試料だけを100 分測定すれば与えられた計数時間をもっと有効に使うことができる.
Q 5.4 ポリエチレンバイアルとガラスバイアルどちらが良いか? また,シンチレーターはどういう基準で選ぶか?
A 5.4 ポリエチレンバイアルの BG はガラスバイアルのそれよりも数 cpm 低い.耐化学薬品性に劣っているが,低レベル放射能の測定という観点からはポリエチレンバイアルを薦める.このバイアルでも冷蔵庫内で1 か月間は保存可能といわれている.シンチレーターは,試料の溶解性,計数効率,BG 計数などから総合的に選ぶ.尿については,Aquasol-2 より Ultima gold が優れていた.これらは conventional LSC で検討すれば良い.
Q 5.5 極低レベル放射能の測定ではどんな配慮が必要か?
A 5.5 とにかく放射能汚染には細心の注意を払うことである.conventional LSC では 1 cpm は変動幅と片付けられてしまうが,前出の表に示したように1 cpm の差が意味を持っているのである.シンチレーター,バイアルはいうに及ばず,試料の調製に使う全器具は brand-new を使う.
Q 5.6 使用された low BG LSC はこのままヒトにおける薬物動態研究に使用できるか?
A 5.6 基本的にはこのままでも使えると考えている.このlow BG LSC は環境中の H-3 や C-14(主として前者)の測定用に開発されたもので,標準仕様では容積100 ml のバイアルを使用することになっており,一回の搭載試料数は 20 個である.上述のデータは,アタッチメントをつけ,conventional LSC 用 20 ml ポリエチレンバイアルで測定したものである.薬物動態研究用としては,conventional LSC との互換性を持たせるために標準サイズのバイアルで測定でき,搭載試料数をもっと多くしたタイプに改良した方が良いのではとも考えられる.容積の小さいバイアルを使うことは,測定系の遮蔽をより効率よくできることと,光電子増倍管がバイアルを望む立体角を大きくできることから BG の低下と計数効率の向上には好都合であるのではと思っている.他方,この low BG LSC そのまま使う場合には,試料採取量を 5 倍にできるので,生体試料 g あるいは ml 当りの検出限界は向上できる.薬物動態研究専用の low BG LSC を新しく作るか否かの問題は,製薬企業側にどれだけ需要があるかにもかかっている.
Q 5.7 1μCi C-14/man でどこまでトレースできるか?
A 5.7 尿,糞 試料採取は,最終段階では 24 時間間隔とする.尿及び糞いずれも1日量の1000 分の1量を測定試料とする.投与量の 1 % が排泄されている尿,糞測定試料中には 0.37 Bq 存在することになり,これは検出限界の 30 倍以上に当たるので精度良く定量できるレベルである.試料量が多いので,尿糞中の代謝物の検索はマイクロプレート RLG により容易に行える.
 血液 血液総量は 5000 ml,最高血中濃度において服用した薬物の 10 % が血中に移行したとする.各時点において,11 ml を採血し,0.5 mlで放射能を測定し,残りで代謝パターン分析する.最高血中濃度の時点で採取した試料には 0.37 Bq/0.5 ml 存在し,4 半減期にわたってトレースできる.
 代謝パターンの解明 分析に使用できる試料の中には約 4 Bq 存在する.これはマイクロプレート RLG による代謝パターン分析を可能にする量である.マイクロプレート RLG の高感度化(遮蔽の強化と露出時間の延伸)または low BG LSC によるオフライン計数(例えば,10 分計数で検出限界は 0.043 Bq)によって1半減期後の代謝パターンも解明できる.
Q 5.8 加速質量分析法に対していかなるメリットがあるか?
A 5.8 測定装置,測定経費ともに 2 桁安価である.前記のデータをとった low BG LSC の定価は1700 万円で,どの製薬企業も設置できる額である.
 AMS では,試料中の全炭素を二酸化炭素,ついでグラファイトに変換して測定している.これに対して,low BG LSC では測定操作が極めて簡単で,放射能汚染に細心の注意を払わなければならないこと(これは従来から要求されていることで,ただ等閑にされているだけ)以外は従来の LSC と全く同じである.
 AMS で得られるのは C-14 と C-13 の比で,これに総炭素の量をかけて C-14 の量を算出している.すなわち,AMS で求めているのは mol であって,時間-1 の次元を持つ放射能ではない.AMS では,試料中の炭素をグラファイトに変換する効率,C-13 存在比の変動,mol 量を放射能に換算する過程など,多くの誤差要因が入ってくる.更に,レベルの異なる測定試料を扱う場合には分析系のメモリーも気がかりである(質量分析の経験から).これに対して,low BG LSC は直接放射能を測定する手法で,誤差要因は少なく,測定系のメモリーの問題は存在しない.使い慣れた LSC の感覚で誰でも使うことができる.
 AMS の感度は LSC より 2〜3 桁高いといわれているが,比較に使用した LSC の型式や測定条件が記載されていない.前述したように,LSC の感度は low BG 化と計数時間の延伸により簡単に1桁向上できる,貴重な文化財のように採取できる測定試料量に制限がある場合には AMS の高感度性が活かされるが,ヒトの実験では試料量の制限はほとんどない.LSC のサンプルサイズは AMS のそれより 2〜3 桁大きい.このような事情を考えると,単位重量(液量)当りで評価した検出限界に差はないと考える.
Q 5.9 提案された方法の感度の向上は期待できるか?
A 5.9 Low BG LSC では計数時間を延伸することと試料量を大きくすることによって,単位重量(液量)当りの検出限界をさらに向上できると期待している.一被験者当たりの測定試料数は 20 個ぐらいである. 1週間連続測定すれば 100 分計数を 5 回反復できるので,検出限界は 1/2 下げられる.提示したデータは 20 ml のバイアルを使用してとったものである.100 ml のバイアルを使い,試料量を 5 倍にすれば,modern carbon により BG も高くなるので単純には計算できないが,ml または g 当りの検出限界は相当向上できる.また,試料中の全炭素を二酸化炭素,アセチレンを経てベンゼンに変換して測定すれば更に大量の試料を測定できる.この測定法は,low BG LSC による年代測定法として1970 年代に盛んに研究された方法である.
 マイクロプレート RLG では遮蔽の強化, BAS の PSL 読取り感度の校正,露光時間の延伸などによって提示した検出限界を 1/2 下げることは容易である.
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