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15. 今回の原発事故、放射能放出源に保持担体をスプレイ
   することによって、広範囲な放射能汚染は避けられたのでは?

 今回の原発事故によって、広大な地域を放射能で汚染している元凶は放射性セシウム(Cs-137)と放射性ストロンチウム(Sr-90)である。しかし、これらを物質量に換算すると、全部あわせてもせいぜい数百グラムである。問題は、これらの放射能が数百平方キロの広さに拡散することを許してしまったことである。原発事故後可及的速やかに、無人飛行機を使って、まず放射線計測器で放射能の漏出口をつきとめ、そこへ貼付剤を混ぜた、これらの元素の安定同位体の乳化液を噴霧し続けておれば、後者の溶質が保持担体hold back carrierとして機能し、広範囲にわたる放射能汚染は阻止され、その結果、現在のような、政治や経済における混乱は避けられたのではないかと思われる。これは夢物語であろうか。

理論的背景 
  ウランU-235が熱中性子によって核分裂すると、質量数の少し小さ目(90前後)と、大き目(140前後)の原子核を中心にして多種多様な原子核と数個の中性子が生成し、莫大なエネルギーが放出される。核分裂によって生成する割合を核分裂収率という。事故後ある時点で存在する原発事故由来の放射性核種の量は、当該核種の核分裂収率、半減期、事故後の経過時間、当該元素の化学反応性などによって定まる。不活性元素の放射性核種は大気中に拡散して無限希釈されるので問題にならない。核分裂収率が高くても、半減期の短い核種は、事故直後の放射能は高いが、比較的早期に消滅decay outしてしまう。例えば、ヨウ素−131(I-131)の核分裂収率は2.9%、半減期8日である。I-131は、原発事故後1ヶ月までは最も警戒しなければならない核種である。
 中長期にわたる環境汚染核種として最も警戒しなければならないのは、核分裂収率が高く、半減期も適度に長い、Sr-90とCs-137の2つである。両者の核分裂収率と半減期はほぼ同じである(それぞれ6%、30年)。したがって、現時点で両者はほぼ同量存在しているはずである。第五福竜丸事件では、Sr-90のみが騒がれており、この核種は、現在でも一桁低いところから放射線障害防止法の規制対象になっている。今回、半導体検出器により、より容易かつ見栄え良く測れるようになったことからCs-137のみが騒がれ、Sr-90は完全に棚上げ状態になっている。これは科学者として極めて無責任な話である。
 本提案を理解するには、保持担体の概念を理解していなければならない。もう1つの要点は、意外なことであるが、霧と放射線は相性の良いことである。すなわち、ある溶質で飽和状態になっている気相中へ放射線を入射させると、放射線の飛跡に沿って露が結ばれる現象があり、この特性は核化学の黎明期には放射線の検出に利用されていた(ウイルソン霧箱)。いま、1000個のSr-90原子を含む粒子について、たまたまそのうちの1個のSr-90が壊変して霧滴を形成した場合を考えてみよう。残り999 個のSr-90はこの霧滴粒子の中に閉じ込められてしまうということである。1モルには6×10の23乗個の原子が含まれていることを考えると、1000個は都合よく過大評価した値ではないことが理解できるであろう。
 1ベクレル(Bq)は1秒間に1個壊変する放射能である。放射能は1000倍ごとにk(キロ), M(メガ、百万), G(ギガ、億), T(テラ,兆)、P(ペタ)、E(ェクサ)の接頭語を付けて表わす。例えば、1 G BqのSr-90は、物質量にするとわずか0.2 mgである。これは、放射能としては大きな量であるが、(原子炉のサイズを考慮して)物質量で言うと超微量である。したがって、このまま(無担体状態 carrier free), 普通の化学処理をしていたのでは捉えることができない。そこで、桁違いに大量の、その元素(または同属元素)の安定位体で嵩上げして、放射能を絡めとろうというのが、保持担体hold back carrierの考え方である。
 もう1つの重要なポイントは放出量である。その量は正確にはわからないが、議論を進めるために両者がそれぞれ1 E Bq放出されたとしよう。これを物質量でいうと200 gになる。すなわち、福島原発を中心に数百平方キロにわたり、降り注いだわずか数百グラムのSr-90とCs-137に官民が大騒ぎしているのが今日の姿である。
 筆者の提案の原理は極めて単純明快である。原発事故が起きたら、直ちに、無線操縦の飛行機を飛ばし、放射能の排出部を調べ、そこを中心に“保持担体希薄乳化液”を噴霧し続け、漏出してきた放射能を絡めとって、その場所に糊付けしてしまおうというのである。これは、農薬散布の一応用技術に過ぎない。
 核化学ではエネルギーの単位としてエレクトロンボルト(eV)を使う。1eVは、1この電子が1ボルトの電位差によって獲得するエネルギーである。化学反応には原子の核外電子が関与しており、普通数十eVのレベルで起こっている。これに対して、原子核が関与する現象は、その十万倍も高いレベル(MeV)で起こっていること、また、化学では10の何乗個もの分子や原子からなる集まりの挙動を観察しているのに対して、核化学では1個、1個の原子核の壊変が関わっていることを理解していなければならない。

 まず、今回の原発事故によって周辺地域が放射能で汚染されて行った過程を考えてみよう。

 専門違いであるから、精確な原子炉の構造は知らない。放射能の施設外への流出を避けるために、また熱効率を上げるために原子炉は高温高圧に耐える、密閉構造になっている。なんらかの事故で異常に高圧になり、炉心爆発の危険性が高まった時には、炉心内の気体を、放射性同位体を回収するため水層を通してから大気に開放する(ベント)機構になっている。この場合、炉心内に溜まっていた大量の放射能が溢れ出てくることになる。
 当初、東電も政府も極めて楽観的な発表をしていたが、相次ぐ水素爆発で急遽周辺住民は避難させられることになった。当初、風向きを考慮しなかったので全く不適切な避難行動がとられた。炉心内の気体がベントされ、相次ぐ水素爆発で原子炉内の放射能が噴出した。
 核分裂によって高エネルギー(MeVオーダー)状態の原子核が生成する。これをホットアトムという。原発事故で、原子炉から溢れ出した放射性原子は、水蒸気分子に原子単位で吸着され、ベントによって炉外へ出、雲に取り込まれ、風に乗って南は静岡県、北は宮城県に至る、数百平方キロメートルに及ぶ、広大な地域を汚染した。これが、原発事故直後に各地に降り注いだ放射能(1次汚染放射能)である。
 事故直後、原子炉及び関連施設内に留まったホットアトムは原子炉施設建家の内壁や器物に付着し、残留放射能として残った。後日、これらの残留放射能が、建屋の破れ目から吹き込んだ風によって吹き出された。これが、事故後ある期間にわたって、“風が吹くと観察された”放射線線量の上昇の正体(2次汚染放射能、NHKの解説)と考えられる。風が吹くと、あばら家内からちり芥が噴出してくる構図である。月日の経過とともにホットアトムが互いに集合し、あるいは他の原子と結合して、風が吹いても飛ばされなくなり、放射能の放出は収束しているのが現在の状況である。決して放射能が消滅した訳ではない。
 以上の事情を考慮すると、提案する方策の対象は排気筒、及び震災による破壊で新しくできた開口部とそれらの周辺部であることが判る。

提案する方法の原理
 噴霧する霧状粒子にSr-90やCs-137を有効にトラップさせる過程では2つの現象を考えなければならない。霧状粒子には、重力と熱運動エネルギーの2つの力が働く。放射能を吸着させる効率を上げるためには、霧の粒子サイズを小さく(比表面積を大きくできる)しなければならない。しかし、あまり粒子サイズを小さくすると、粒子の熱運動の貢献が大きくなり、所定の場所から離れてしまう割合が高くなる。都合が良いことに、バリウムBaはSrと同属元素であり、しかも原子番号が大きいので、粒子を重くするのに都合が良い保持担体元素である。

 老生の提案は次の通りである。
 原発事故があったら直ちに、無人モニター機を飛ばして放射能の漏出箇所を確認する。排気筒及び漏出口を中心に保持担体乳液を継続散布する。乳液微粒子は、ゆっくり下降しながら、Sr-90やCs-137を吸着する。散布された乳液からは水分が蒸発し、“かさぶた”が形成されて、放射性核種の飛散は押さえ込まれることになる。以後、随時モニターして放射線放出の復活が認められたら、この“スプレイ作戦“を反復することである。
現場へ行くのは無人機であるので、放射線被爆を心配しなくて良い。これは、何のハイテクノロジーでもない。農薬散布で使われている方法の延長に過ぎない。

終わりに
 原発事故で住民が放射線被曝する危険性はそのときの風向き次第である。“運悪く、風向きが悪くて被爆しても諦めよ”というのはなんとも無責任な話である。原発の再稼動について、“子供さんがいるご家庭にはヨウ素剤を予め配布する、病人や老人など社会的弱者の避難手段も考えているので原発の早期再稼動にご理解を” と、担当大臣や電力会社の幹部が低姿勢で発言されておられる。もし、老生が当事者になったら、避難は断固お断りする。被曝による健康障害よりも避難による健康障害の方が大きいと考えるからである。
 原発の立地では、原発からの距離のみが問題になっており、30q 以内の自治体のみに意見を述べる機会が与えられ、経済的な優遇措置も講じられてきた。現在でも、この取り決めが続いているようである。今回の事件で、これは、全くナンセンスなことであることが明白になった。放射能汚染の深刻さは、原発からの距離のほかに、事故及びそれに続く数日間の気象条件によって決まるという明白な事実を、電力会社も行政ももっと真剣に考えるべきである。

2015年3月31日記


   
 

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