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16. 事故が起っても、避難しなくてもよい原子炉 I-Sr-Cs スプリンクラーの設置を

はじめに
 今回の原発事故で、原発敷地外へ撒き散らされた放射能の元凶はストロンチウム-90(Sr-90)、ヨウ素-131(I-131)、セシウム-137(Cs-137)などであるが、これらの総量はせいぜい数百グラムである。すなわち、“食卓塩ビン数杯分の放射能”に官民が大騒ぎさせられてきたのが、今回の原発事故による放射能汚染騒動の実相である。幕末のころ、ペリー提督が率いて来た“4杯の蒸気船”に江戸中が大騒ぎなった構図に酷似している。
 行政も東電も全く無為無策であった。各地の放射線量が公表された。原発事故があれば、30 km 圏内は放射能汚染されるので、この圏外に退避する以外に選択肢はないと、住民は信じ込まされていた。筆者は、今回の事故では放射能を原発敷地内に封じ込める手段があったのでは考えている。
 ウラン-235から、中性子による核分裂によって生成したばかりの原子は、百万電子ボルト(MeV)という、極めて高いエネルギー状態にあり、原子単位で存在する。これをホットアトムといい、普通の原子とは全く異なった挙動をとる。今回の事故で、原発から放射能の漏出が約2週間継続し、やがて各地点の放射線量は一定値に収束した。すなわち、原発からの放射能の放出は終わった。この間、南は静岡県、北は岩手県に至る住民は、その日その日の風向きに一喜一憂させられた。原発が放射能を放出しなくなったのは、原発に放射能が無くなったのではなく、ホットアトムが普通の原子の状態になったことによる。原発事故が起こったら、可及的速やかに圧倒的大量の、これらの元素あるいは同族元素を噴霧して、ホットアトムを普通の原子の状態にしてしまえば、原発からの放射能の放出はブロックできたはずである。

理論的背景
 原子力発電所は、原子炉棟と、原子炉内で発生した高温高圧の水蒸気で発電するタービン棟(合わせて原発主要施設)から構成されている。
 核化学ではエネルギーの単位としてエレクトロンボルト(eV)を使っている。1 eVは、1個の電子が真空中、電位差1 Vの2点間で加速されて獲得するエネルギーである。化学反応は、原子核の外側を回っている電子、核外電子の移動に伴って起こる現象で、その際のエネルギー変化はせいぜい数十eVである。
 原子核は陽子と中性子が極めて小さい空間内に閉じ込められた状態である。原子核内の陽子と中性子は、核力と言う、極めて大きな力で結合している(原子核の核井戸模型)。興味あることには、原子核にも手ごろな大きさがあるということである、霧のような小さな粒子は雨滴に成長し、夕立の雨粒は何らかの刺激によって2個の雨滴に分裂する。前者が核融合に、後者が核分裂に相当する。
 原子炉では、ウラン-235(U-235)が中性子による刺激によって核分裂し、MeVという高いエネルギー状態にある核分裂生成物を原子単位で生成している。これをホットアトムという。原発事故で問題になる放射性同位体は、核分裂収率が高く、半減期が手ごろなヨウ素-131(I-131)、ストロンチウム-90(Sr-90)、セシウム-137( Cs-137) などである。キセノン-133もこの範疇に入るが、この元素は不活性元素であるので何ものとも結合せず、拡散してゆくので問題にならない。
 原発が正常に稼動している状態では、核分裂で生成したホットアトムのエネルギーは蒸気タービンを動かして発電するのに使われ、ホットアトムは施設外へ漏出してこない構造になっている。原子炉に異常事態が発生し、炉心爆発の危険が迫った場合には、原子炉は開放(ベント)される。
 今回の事故では、約2週間連日、東日本各地の放射線量がマスコミで報道されていた。当初、風向きによって各地の放射線量が上下した。やがて、各観測地点の放射線量は一定値になり、以後緩やかに低下し、やがて報道されなくなった。すなわち、事故原発から放射能が放出されてこなくなった。この経過事実の中に問題解決の鍵が存在する。
 ある元素の性質とは、10の何乗個もの同じ原子の集合体の性質である。以上の経過は次のように説明される。核分裂によって生成したホットアトムは1個1個存在するので、風でも吹き飛ばされる状態にあったが、数日という時間が経過する中で、ホットアトム同士、あるいは周辺に存在する同族原子と化学結合し、風が吹いても吹き飛ばされない、すなわち普通の原子の状態になった。したがって、原発事故があったら、ホットアトムを可及的速やかにその場で普通の原子の状態に変換すれば、放射能は原発内に閉じ込めることができ、周辺住民は避難する必要はなかったはずである。
 ホットアトムの状態を解消させる最も単純な過程は、原子核を衝突させることである。この場合のエネルギーの授受関係は質点力学に従う。すなわち、軽い原子よりも重い原子を衝突させる方がホットアトムのエネルギーを失わせる割合が大きい.例えば、1MeVの運動エネルギーを持つSr-90も普通のSr原子と10回衝突させれば1keVになる。また、バリウム原子(原子量が一回り大きい)を衝突させれば、Sr-90のエネルギー喪失割合は更に大きい。
 民間の老朽集合住宅が出火し、犠牲者が出る痛ましい事故が年に一度ぐらいの頻度で起こっている。その都度、スプリンクラーが設置されていたか否かがマスコミに騒がれ、場合によっては刑事事件に発展している。
 老生が提案する方法は、特別に設計されたスプリンクラーを要所、要所に設置しておき、緊急時には、バリウム、鉛、劣化ウランなどで重質化したI-Sr-Cs乳化液を噴霧する方法である。更に目的を完全に達成するために、原発事故時には、原発主要施設上空からドローンを使って、放射能の漏出箇所には同液の噴霧を所要期間継続する。これも農薬散布技術の延長に過ぎない。これらの対処によって、核分裂生成物のホットアトム状態は原発敷地内で解消され、原発施設外への放射能の漏出は有効に阻止されると考えられる。
 
 以上、提案する方法の骨子を説明したが、噴霧液の組成、スプリンクラーの仕様と設置場所などについては更に詳細な検討が必要であることは言うまでもない。

終わりに
 原発事故直後に高まった脱原発の声も最近ではトーンダウンしているようである。更に意外なことには、早期再稼動の要望が原発立地の地区住民から出ていることである。また、原子炉の安全に関する議論は、相変わらず原子炉の耐震性や事故時の避難方法にのみに集中しており、何世代にもわたって深刻な影響を地区住民に与える“放射能による環境汚染”に関してほとんど議論されていないのは極めて不可思議な話である。国と電力会社には、放射能からただ逃れるのでなく、これを押さえ込む普段の研究をしておいて貰いたいものである。
 事故に際して、原子炉の原形が保たれていても放射能がたれ流しでは原子炉は守られたことにならない。たとえ原型が若干崩れても、放射能がもれ出てこなくするようにしておくこそ肝心である。

追記 Sr-90問題
 先述したように、Sr-90はCs-137と同量生成した。この両者の半減期はほぼ同じであるが、土壌からの洗い出し速度は、Sr-90の方が遅いと考えるのが妥当である。したがって、月日の経過とともに、環境汚染放射能におけるSr-90の割合は漸次大きくなる.第五福竜丸事件のときは、専らSr-90のみが騒がれた。今回の事故直後に米軍の情報としてSr-90の分布状況も一度公表されたが、それ以後Sr-90は全く話題にされなくなった。計測が厄介であるとか、複雑な問題が絡んでいるからと言う事情で、10倍も毒性が高いSr-90を、政、産、官、学、報いずれも完全に無視しているのは極めて不条理なことで一科学者として看過できない。

   
 

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