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7. 研究例

7.4 フェニトイン(diphenyl hydantoin, DPH)の動態研究

 1970 年代になると MS が GC と連結され,MS における加速電圧を調節することによって複数個のm/z のイオンだけを検出するselected ion monitoring, SIMが開発されるに及んで, GC-MS の定量分析への応用が飛躍的に広がった.また,この頃から薬物動態がより数学的に取り扱われるようになった.Bioavailability, AUCなどが導入された時代であった.著者は,薬物動態を数学的に扱うにはインプットする値の精度が何よりも問題であり,そのためには安定同位体標識体を内部標準にして GC-MS SIMで定量するのが最善であると考えた.
 DPH(I) は抗てんかん薬として数十年来汎用されている薬物であるが,1)有効治療域が狭い,2)体内動態に著しい個人差が見られ,3)ある投与量を越えるとIの血中濃度は急激に上昇すること等から,投与設計が困難な薬物とされている.投与されたIはそのまま, 4-hydroxy DPH(II)及びそのglucuronide(III)となって排泄されることが知られている.まず,一方のフェニル基を重水素標識したI-d5,II-d5及び両方のフェニル基を重水素標識したI-d10 を合成した.次に,I250 mgを経口服用し,I-d5,II-d5 を内部標準にしてプラズマ,唾液及び尿中のI〜IIIを GC-MS-SIM で定量した.Fig. 1 にはIのプラズマ及びだ液中濃度の経時変化の一例を示す.また,Fig. 2には尿中排泄量から算出した,I〜IIIの体内残存量を示す.この方法は従来の方法に比べて感度・精度に優れており,Iやその代謝物を 10 半減期にわたって追跡することができた.その結果,Iのファルマコキネティクパラメーターを詳細に明らかにすることができ,この分野における安定同位体トレーサー法の威力をまざまざと見せ付けた.なお,投与2時間後までIのだ液濃度は異常に高く現れているが,これは投与時の汚染によるものと考えられ,それ以後はプラズマ濃度の1/10 で経過している.この値はプラズマ中の非結合形の濃度を反映していると考えられる(1).
 Iはまた連続服用する薬物である.ある薬物を連続服用した場合,薬物の体内動態が酵素誘導によってどのように変わるかは興味深い研究課題であるが,この研究のために服用を中止する訳にはゆかない.著者等は,連続服用している患者にある時点で服用した薬物の動態を研究する方法を提案した.その骨子は,I を服用(300 mg/day)している患者に,治療の妨げにならない量(4.77 mg)の I-d10 を静脈投与し,プラズマ中の I及びI-d10 をI-d5 を内部標準にして GC-MS-SIM で定量することである.熊本大学医学部小児科(当時)松倉博士と行なった実験結果の一例を Fig.3 に示す(2).
(1) S.Baba, T.Goromaru, K.Yamazaki,Y.Kasuya:J. Pharm Sci.,69, 1300(1980).
(2) Y.Kasuya, K.Mamada, S.Baba, M.Matsukura:J. Pharm Sci.,74, 503(1985).
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