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14. 原発事故放射能汚染処理に関する2つの重大な誤り

2. β線のエネルギー(透過力)の差を利用する Sr-90,Y-90,Cs-137の分別定量

β線の吸収曲線
 ビギニ事件の頃には精確にγ線を測ることができなかった.GM計数管で測って,計数のあるものは何でもSr-90のせいにしていた嫌いがある.近年,半導体検出器が開発され,γ線の測定が容易になったので,汚染放射能の測定は, 現在,専らCs-137を半導体検出器で測ることによってすすめられているが,先述した理由でSr-90をより厳しくモニターするべきである.“Sr-90はβ放射体で,特定エネルギーの放射線を放出しないので定量が難しい”と,Sr-90の測定は棚上げされているが,これは科学者として無責任な話である.Sr-90は,その娘核種Y-90が“超”高エネルギーのβ線を放出することを指標にして容易に検出・定量することができる.Fig. 1は,放射平衡状態にある Sr-90-Y-90 を試料皿にとり,いろいろな厚みのアルミニウム板を置いてGM計数管で計数した結果である.筆者が50年ほど前,東京薬科大学で放射化学を講義するに当って,教科書用に作成したものである.このような曲線をβ線の吸収曲線という.縦軸は毎分当たりの計数を対数目盛りで,横軸はアルミニウム吸収板の厚みがmg/cm2で示されている.
 厚みは,長さ(m)で表示されるのが普通であるが,β線の透過を議論する場合には,単位面積当たりの質量(mg/cm2)で示すのが習わしになっている.β線の強度が半分になる厚みを半価層という.この表示法を使えば,物質の種類に関係なく半価層は同じ値になる.
 β線のエネルギースペクトルはどうしてこういう形になるかを理解しておく必要がある.β壊変は原子核中の中性子が,陽子,電子及び中性微子(ニュートリノ,電荷ゼロの極めて小さい粒子)に壊れる現象である.電子は検出できるが,中性微子は普通の装置では検出できない.β壊変に利用できるエネルギーは一定で,β壊変に際してこのエネルギーは電子と中性微子に任意の割合で与えられる.その結果,β線のスペクトルは,最大エネルギー(中性微子のエネルギーがゼロの場合のβ壊変)からゼロに至る連続エネルギーを持っている.
 U-235の核分裂反応では,質量数90と130付近の様々な放射性核種が生成するが,原発事故3年を経過した現時点では,Sr-90-Y-90,Cs-137以外は事実上消滅decay outしたと扱って良い.Sr-90の娘核種,Y-90が“超”高エネルギーのβ線を放射することを利用してこれら3つの核種を定量できることを説明しておこう.

Fig.1 Sr-90-Y-90 β線の吸収曲線

Fig.1  Sr-90-Y-90 β線の吸収曲線

 Y-90β線の最大飛程はおおよそ1000 mg/cm2である.Sr-90並びにCs-137β線の最大飛程はおおよそ200 mg/cm2である.Cs-137とSr-90-Y-90の混合物について考えてみよう.β粒子の数は,指定された2つの厚みの縦軸と吸収曲線及び横軸で区画された面積AUC(area under curve)を比較することによって求められる.
厚み200 〜1000 mg/cm2の部分はY-90β粒子にのみによるものである.したがって,この部分のAUCから検量線によってY-90(放射平衡にあるので,=Sr-90)を求めることができる.この部分の曲線を厚みゼロ側に外挿して得られた曲線と実測されて得られた曲線との差がSr-90+Cs-137β線の吸収曲線である.このようにして,3種類の核種の量が1枚の吸収曲線の解析によって半定量的に求められる.

 液体シンチレーションスペクトロメータ(液シン,liquid scintillation spectrometer, LSC)を使えばより直接的にβ線のエネルギーを測ることができる.詳細は,筆者のホームページ「トレーサー法による薬物動態研究塾12章」を参照されたい.ここでは,特にバックグラウンド計数が低くできるように設計された低バック液シンを使ってヒト尿中の放射性炭素(C-14)や放射性カリウム(K-40)を計数した例が紹介されている. 

   
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