とうやく389号(2010年9月号)学術欄

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平成22年度診療報酬等改定と薬剤師

 社団法人日本薬剤師会
 副会長 山本 信夫(大21)


 平成22年度診療報酬等の改定が行われ、本年4月1日から新たな報酬点数に基づく保険診療や調剤報酬の請求がされています。現場で調剤実務に携わっている方々にとっては、2年に一度やってくる大事業で、最近でこそレセコンが普及して機械任せの時代となりましたが、かつては、それまで暗記していた調剤報酬点数や薬価をリセットして、新たな点数や薬価を一から覚え直したものです。月末にはひと月前までの記載方法をすっかり忘れて請求明細書を作成し、新年度に入局する新人教育と重なり、息をつく間もなかったことを鮮明に記憶しているのは、還暦世代以上の薬剤師だけかもしれません。調剤報酬改定と聞いても「改定後には点数はどうなるのか」ということは気にはなるものの、そもそも「診療報酬とは何だ?」という原則論が、時折忘れられているようにも思えます。そこで、本論に入る前に少し復習をしておきたいと思います。診療報酬はその名が示すように「調剤も含めて提供した医療の対価」で「医師・歯科医師・薬剤師の専門職の技術に対する評価」といってもよいでしょう。国民皆保険制度が実施されているわが国では、医療を必要とする国民(患者)に対しては「医療の現物を給付する」方式の医療保険により提供されていて、国民・患者は日本全国どこででも、公平に診療を受けることが出来ると同時に、過不足なくその恩恵の享受が可能な仕組みとなっています。そのため、提供した医療に支払われる報酬は全国一律に決められており、2年に一度、全ての保険診療に係る報酬の見直しが行われます。これが本稿のテーマである「診療報酬改定」です。わが国の診療報酬体系は、保険診療に関わる医科診療報酬、保険歯科診療に関わる歯科診療報酬そして保険調剤に関わる調剤報酬の3つに大別されています。厳密にはそれぞれを言葉としても使い分けることが望ましいと思いますが、一般的には医科・歯科・調剤をまとめて「診療報酬」と呼ぶことが一般的のようです。さらに、現代の医療には不可欠な医薬品についても、保険診療に使用できる医薬品をその価格表、すなわち薬価基準として公定・公表し、2年に一度の診療報酬改定と同時期に価格の見直しが行われています。この報酬改定と薬価改正の両者をまとめて、一般的に「診療報酬等改定」と呼んでいます。
 改めて、平成22年度診療報酬等の改定を振り返ってみましょう。2000年以降の社会保障費縮減策の影響もあって、近年では医師不足とりわけ病院の勤務医不足や地域医療提供体制の崩壊が指摘されていて、その改善が国の喫緊の課題と位置付けられています。厚労省社会保障審議会の医療部会・医療保険部会からは、わが国の医療が直面する課題を解決し、将来あるべきわが国の医療提供体制の姿を描きながら、その体制を維持するための診療報酬等の在り方にも視野に入れた議論を進めて「診療報酬改定」の基本方針が昨年の12月に示されました。一方、政府では社会保障審議会の示した方針や医療現場の状況等を踏まえて、診療報酬すなわち技術料の本体部分の改定に必要な財源を次年度の予算として確保し、併せて薬価基準に関しても薬価調査の結果をもとに、改定率を昨年末に公表しました。(図(1))平成22年度の改定では医療現場の抱える問題や環境を改善するため、技術料本体の引き上げ率(対医療費+1.55%で、金額にすると約5700億円)が、薬価引き下げ率(対医療費-1.36%で、金額にすると約5000億円)を上回り、10年ぶりといわれる「+0.19%となるネットプラス」の改定が行われました。

図(1)
図(1)
 また、これまでの改定と違って22年度改定に特徴的なこととして、薬価の引き下げ分を差し引いても0.19%、金額でも700億円と僅かではありますが「プラス改定」になったことが挙げられますが、それ以上に技術料本体分として準備された5700億円の配分先を、従来のように医科・歯科・調剤の技術料比率に合わせて予算配分し、細かな点数の配分は中央社会保険医療協議会(中医協)に任せるのではなく、明確に「何処へ」と配分先やその額まで示したことです。図(1)にあるように医科技術料として準備された4800億円のうち、約90%が入院に係る技術料へ向けるよう指示されました。我が国の医療機関のうち「入院」に該当する施設数はおよそ9000強です。一方、「外来」に当たる施設は病院の外来に加えて、医院・診療所等の開業医を含めておよそ90000施設ですから、ここからも22年度改定が「病院の技術料を引き上げて、勤務医の負担軽減を図る」という明確な思想の下に行われたことがうかがえます。さらに、救急・産科・小児・外科と具体的に記載された診療科は言うまでもなく、入院医療全体を俯瞰して医療安全を確保する観点から「チーム医療」の一層の推進が求められ、栄養サポートチームや感染制御への取り組み、外来化学療法における患者へのインフォームドコンセントへの参画など、診療報酬算定の要件に病院薬剤師の積極的な関わりを期待する点数も多く設定されています。これまで、医師や看護師に比べると比較的評価が少ないとされてきた病院薬剤師に対して、外来中心から病棟中心へと業務展開することで、さらなる評価が期待できるものと思います。
 一方、保険薬局に直接影響のある調剤報酬はどうかというと、0.52%、300億円と20年改定と比べると約3倍近い引き上げが行われています。金額の単位が「億円」と身近な単位ではないので、わかりやすい金額にして見ましょう。20年度の統計によれば1年間に約7億枚の処方せんが発行されているので、単純に割り算をすれば1枚当たりおおよそ40円程度の引き上げになりますが、いうまでもなく「平均すると」ですから、実際の調剤現場で感覚とは少し異なっているものと思います。具体的な調剤報酬改定の概略を図(2)に示しました。
図(2)
図(2)
 後発医薬品の使用促進策に伴う調剤基本料への加算が「率から量」に変更されるなど、現場での戸惑いはあったものの、投与日数の長期化に伴う調剤料の見直しや地域医療への貢献に配慮した調剤基本料の特例の見直し等が行われました。一方で、抗悪性腫瘍剤等のハイリスク薬投与の際の服薬指導に係る加算の新設によって、将来の薬学管理料や薬歴の方向性が示されていますが、調剤報酬改定の項目数としては比較的落ち着いた改定ではなかったかと思います。むしろ技術料本体の引き上げよりも、同時に行われた薬価改正の薬局運営に与える影響が懸念されます。今回の薬価改正の概要を図(3)に示しました。
図(3)
図(3)
 約8兆円の薬剤費の5.75%を引き下げたわけですが、特例引き下げと呼ばれている「初めて後発医薬品が発売された先発医薬品」の薬価が、追加的に4~6%引き下げられ、さらに後発医薬品のある全ての先発医薬品が別枠で引き下げの対象となったことから、たとえば昨年夏に特許期間が切れて、後発医薬品が発売された「アムロジピン製剤」の先発品等では、5.75%を上回る薬価の引き下げが行われていることになります。調剤医療費は医科・歯科に比べて医薬品費の総報酬額に占める割合が3倍以上大きいため、薬価の切り下げが大きく影響します。図(4)に調剤医療費への技術料と薬価改定の影響を簡単に示しました。見掛け上材料費(薬価)が下がり、わずかですが技術料が増えるので、数字の上ではバランスが良いように見えますが、薬価改定前に購入した在庫医薬品や医薬品の廃棄・損耗に関する管理コスト等を考慮すると、薬局の運営に与える影響は決して少ないものではないことが理解できると思います。
図(4)
図(4)
 年金・福祉とともに我が国の社会保障制度の根幹ともいえる医療保障制度は、国民が健康で健やかに生活できる環境を確保する上で欠くことのできない仕組みで、その適切な維持・運営は国民の安心で安全な生活に直結する問題でもあります。2年後の平成24年には医療保険と介護保険の同時改定が予定されています。地域医療提供体制を確かなものにするのは、入院医療とともに在宅医療をより一層充実させることが重要との指摘がされています。22年度改定は薬剤師に対して、勤務する場所が地域薬局か医療機関かを問わず、医療における医薬品安全の責任者として、積極的に薬物治療に関わることを求めた改定と言ってもよいでしょう。

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